義仙会(GISENKAI / TAMIYARYU)

「義仙会」は文武両道の武士道精神を現代において育成し、国際社会に通用する日本人となることを目指す会です。 武(田宮流居合)文(裏千家茶道)・火縄銃砲術・甲冑武術・着物着付け・法螺貝吹奏・国際交流など和の心得や活動に興味のある方、入会希望者、見学者、老若男女問いません。 こちらまでご連絡ください。 <義仙会 石原> 連絡先 e-mail:katana_hinawa@i.softbank.jp

2012年10月22日月曜日

10月21日(日) 町田時代祭り

本日(10/21)は、町田市の一大イベント、「町田時代祭り」です。
今野、所、藤井、石原、馬場、松島、高瀬、田中、長塚真菜恵(手伝い)、横山夕紀(手伝い)

早朝8時前から商工会議所に集合し、市長をはじめとする参加者へ鎧などの衣装の着付けに集中しました。大汗です。
11時、時代行列の出発。 隊列は100人を超えます。
ホラ貝と太鼓の鳴り響く中、市旗・軍旗を先頭に武舞・抜刀隊・・・本陣の城主(石阪市長)・家老(商工会長)・大目付(都議)ほか・・・地元の農兵隊、鉄砲隊と続きます。
40分ほどで祭事会場の芹が谷公園に到着。 大勢の市民・観客の数、観客席は満杯です。
市長が馬乗に上がり行進、そして挨拶。 公式発表での固定観客数は10,000人。  

いよいよ「流鏑馬」。  長塚真菜恵が場清めの合図である采配を振り上げ開始です。 
我らが義仙会の今野副会長・馬場久美子・松島優子・長塚真菜恵・横山夕紀は、的係の諸役を立派に務めました。
皆、直垂が良く似合っていました。日頃の稽古・活動で人格が充分に上がっているせいでしょう。衣装に着られることなく、しっかりと着こなしていました。 
今野副会長の矢取りには、その所作・雰囲気に騎乗武士から感嘆と賞賛の声が上がりました。
長塚は射手として参加。 戸山流流鏑馬に初登場の国陽丸にまたがり、苦戦の末に5位となり何とか決勝戦に進出しました。

続いて古武術の部。 1万人の観衆の中、義仙会 所幹事長による道統と技の解説からはじまり、馬場士・松島士が「古流刀術 組太刀」を演武。
仕太刀・受太刀の絶妙な間合いで太刀が交わされます。気迫が会場にみなぎりました。 
石原士と高瀬士による「甲冑組太刀」。 大柄な二人が繰り出す甲冑での駆引き。 切羽詰る甲冑での気攻め、鎧の弱点に見事な突きが入り込み、その迫力が会場を包み込みます。 
立派な演武でした。

そして、火縄銃の部。 宗家 島津兼治 見回り役 内大輔 と義仙会 長塚・所・石原・藤井・高瀬・田中、そして守屋・川崎・平本・設楽 の総勢12射手。
第一部は、「礼射」 「天地人 三才之形」 「膝射・立射の組放し」 「雁行斜め一斉放し」 「四段之形」 「回り掛り」 「つるべ放し」 「一斉放し」と続けての演武。  
直前の撃ち合わせにもかかわらず、互いに「気」を読み合っての射撃には、本当に磨かれたセンスを感じました。
第二部は、古代銃の説明と試射。 短銃身と三銃身の火矢筒に火を入れると、なかなかの轟音を轟かせ、その侮れない威力を感じずには入られませんでした。
お開きは、「大砲」の試射。 いつもの慣れた手順を踏んで弾を込め、「放て!」の号令で着火。 「ドオカ〜〜ンン!!」 森をも動かす轟音と地響きで無事発射。
武蔵之国鉄砲隊(義仙会)は、まだ2回目の砲術演武とは思えないほど銃捌きが身についてきました。 皆さんの努力の賜物です。

早朝からの種々サポート、そして気の利いた手助け、自らの堂々たる演武。
皆さんの努力、胆力と精神力が町田市の祭事を滞りなく進行させ、見事な色を添えました。
本当にお疲れ様でした。

この機会を与えていただいた島津先生と旗谷先生・榊先生に心から感謝を申し上げます。 
<記:長塚>